7月20日の日記
2006年7月19日私が子供の頃の趣向が最近理解できなくなってきた。乗り物が好きだった私はパトカーにあこがれていた。機会があれば乗りたいと思っていた。パトカーに愛着があった。しかし今は、パトカーは忌まわしき存在である。乗りたいと思えばいつでもパトカ−に乗れるようになったのにもうパトカーなんかに乗りたくない、存在すら嫌だと思うようになった。
日本には規律を乱そうとしている人たちがいるような気がしてならない。姉歯建築士の耐震構造の偽装問題が発覚すると建築士の免許取得を難しくしろと叫ぶ。医療ミスが起こると、医師免許を更新制にしろと叫ぶ。ちょっとおかしくは無いだろうか。耐震構造の偽装や医療ミスで何人が死んだのだろうか。いくらの損害が出たのだろうか。
そんなことを問題にするのなら、それよりも先に運転免許書の交付を考え直す必要があるのではないだろうか。私の知る限り、身体能力に欠損でもない限り根気さえあれば望めば誰でも免許書を取得することができる。これは非常におかしいことなのではないだろうか。どれだけの人間が安易な運転免許書の発行で死んだり物損事故を起こしたりしていると思っているのだろうか。もし、一度でもどんなに軽微でも違反をしたら免許書永久剥奪とかにしたら、今の何千倍も自動車によって損害を受ける人が減るだろう。
選ばれた人に配られている医師免許や建築士の資格なんかより運転免許を誰にでも配っていることの方がよっぽどヤバイのに、自分が利益を受けているから運転免許の不備には目を瞑って、医師免許や建築士の資格に文句を言う人たちの気が知れない。
日本には規律を乱そうとしている人たちがいるような気がしてならない。姉歯建築士の耐震構造の偽装問題が発覚すると建築士の免許取得を難しくしろと叫ぶ。医療ミスが起こると、医師免許を更新制にしろと叫ぶ。ちょっとおかしくは無いだろうか。耐震構造の偽装や医療ミスで何人が死んだのだろうか。いくらの損害が出たのだろうか。
そんなことを問題にするのなら、それよりも先に運転免許書の交付を考え直す必要があるのではないだろうか。私の知る限り、身体能力に欠損でもない限り根気さえあれば望めば誰でも免許書を取得することができる。これは非常におかしいことなのではないだろうか。どれだけの人間が安易な運転免許書の発行で死んだり物損事故を起こしたりしていると思っているのだろうか。もし、一度でもどんなに軽微でも違反をしたら免許書永久剥奪とかにしたら、今の何千倍も自動車によって損害を受ける人が減るだろう。
選ばれた人に配られている医師免許や建築士の資格なんかより運転免許を誰にでも配っていることの方がよっぽどヤバイのに、自分が利益を受けているから運転免許の不備には目を瞑って、医師免許や建築士の資格に文句を言う人たちの気が知れない。
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