私はとある部屋で目を覚ました。薄暗く、物音一つ無い場所だった。
前方には、5人の男がそれぞれ柱に縛り付けられていた。
私は直ちにこの奇妙な場から去ろうとするが、足首を頑丈な鎖で縛られとても動けそうにない。
そして私は目の前に置かれている一枚のメモ紙に気づく。
そのメモ紙にはこう書かれていた。
「目の前の5人の男の中には一人だけ死刑囚が紛れている。
お前は明日までに手元の銃でその死刑囚を殺さなければならない。
撃つ前にそれぞれの男に1回のみ質問をすることが出来る。
指示通り、死刑囚を殺した場合にはお前をこの場から逃がしてやる。
ただしルールに違反した場合、その場でお前は命を失うこととなる。」
私は早速それぞれの男に「お前は死刑囚か」と問いかけた。
男A:「私ではない。だから私以外の4人の中に死刑囚が居るはずだ」
男B:「私ではない。だが私は誰が死刑囚なのかを知っている」
男C:「私ではないが、私も死刑囚が誰なのかを知っている」
男D:「私ではない。そして私は誰が死刑囚なのかも知らない」
男E:「私ではない。第一私はこれまで罪を犯したことが一度も無い」
やはり自らを死刑囚と名乗るものは居ないだろう、私は結局ここは5分の1に賭けるしか無いのか、と考え込んだ。
しかしその時、私はふと気付いてしまった。そして確信した。誰が死刑囚なのかを。
私は迷うこと無くその死刑囚を銃で撃ち殺した。
すると私の足首を縛っていた鎖は解かれ、私はその部屋から脱出することが出来たのだ。
さて、死刑囚とは5人の男のうち一体誰だったのだろうか?
ただし、文章内に登場する以外の手がかりは無い物とする。
条件 ?メモを全員が読んでいる
?質問の順はABCDEだ
?ABCDEはもっとも合理的な判断をする
?死刑囚は嘘をつき、死刑囚以外は本当のことを言う
差別を極端に嫌う人が多くいるようである。下手をすればたいしたことでもないのに差別だといって過剰反応している人がいる。視覚障害者でもめくらでもどっちでもいいじゃないかと思う。えてしてうわべだけで物事を判断してそれは差別だーと言い出す人ほど差別が大好きなようだ。差別に理解ある人ほど、他人が行う差別行動に目くじらを立てない。また、差別にとられないように気をつけたりもせず、普通にでてしまった差別を隠そうともしない。
私が気になるのは、差別を反対する人は、差別をしたり、差別を肯定したりする人を差別するのか?ということである。多分、三種類の対応が考えられる。すべての差別に反対なので差別を肯定している人も受け入れれるひと。自分が差別反対というスタンスをとっていればその尊い志の現実のため自分に都合の悪いことはすべて差別してもいいと思っている人。差別反対のためならケースバイケースで差別してもいいと思っている人。
世の中、簡単単純なモノほど優れている。複雑であればあるほど評価されるものなんて、詐欺に使う金融商品の仕組みぐらいではないだろうか。複雑になるのはどこかの条件がおかしいのだろう。
という観点から考えるに、個人が差別に関してどう思っていようとすべてを許容するのが矛盾無く一番簡単な解決法なのではないだろうか。ってかなにも解決しないか。そもそも何でも許容する世界では差別問題なんて発生しないからね。
ちなみに冒頭の問題の答えは、私です。言うまでも無く普通に生活している私は、自分の部屋で目を覚まし縛られること無くインターネットをしていました。だから冒頭から嘘をついていたのです。ということは私が死刑囚と言う事なのかな。いや、それすらも嘘なのか、ということはそもそもすべては私の嘘で問題なんて何も無かったのね。
Q.E.D
前方には、5人の男がそれぞれ柱に縛り付けられていた。
私は直ちにこの奇妙な場から去ろうとするが、足首を頑丈な鎖で縛られとても動けそうにない。
そして私は目の前に置かれている一枚のメモ紙に気づく。
そのメモ紙にはこう書かれていた。
「目の前の5人の男の中には一人だけ死刑囚が紛れている。
お前は明日までに手元の銃でその死刑囚を殺さなければならない。
撃つ前にそれぞれの男に1回のみ質問をすることが出来る。
指示通り、死刑囚を殺した場合にはお前をこの場から逃がしてやる。
ただしルールに違反した場合、その場でお前は命を失うこととなる。」
私は早速それぞれの男に「お前は死刑囚か」と問いかけた。
男A:「私ではない。だから私以外の4人の中に死刑囚が居るはずだ」
男B:「私ではない。だが私は誰が死刑囚なのかを知っている」
男C:「私ではないが、私も死刑囚が誰なのかを知っている」
男D:「私ではない。そして私は誰が死刑囚なのかも知らない」
男E:「私ではない。第一私はこれまで罪を犯したことが一度も無い」
やはり自らを死刑囚と名乗るものは居ないだろう、私は結局ここは5分の1に賭けるしか無いのか、と考え込んだ。
しかしその時、私はふと気付いてしまった。そして確信した。誰が死刑囚なのかを。
私は迷うこと無くその死刑囚を銃で撃ち殺した。
すると私の足首を縛っていた鎖は解かれ、私はその部屋から脱出することが出来たのだ。
さて、死刑囚とは5人の男のうち一体誰だったのだろうか?
ただし、文章内に登場する以外の手がかりは無い物とする。
条件 ?メモを全員が読んでいる
?質問の順はABCDEだ
?ABCDEはもっとも合理的な判断をする
?死刑囚は嘘をつき、死刑囚以外は本当のことを言う
差別を極端に嫌う人が多くいるようである。下手をすればたいしたことでもないのに差別だといって過剰反応している人がいる。視覚障害者でもめくらでもどっちでもいいじゃないかと思う。えてしてうわべだけで物事を判断してそれは差別だーと言い出す人ほど差別が大好きなようだ。差別に理解ある人ほど、他人が行う差別行動に目くじらを立てない。また、差別にとられないように気をつけたりもせず、普通にでてしまった差別を隠そうともしない。
私が気になるのは、差別を反対する人は、差別をしたり、差別を肯定したりする人を差別するのか?ということである。多分、三種類の対応が考えられる。すべての差別に反対なので差別を肯定している人も受け入れれるひと。自分が差別反対というスタンスをとっていればその尊い志の現実のため自分に都合の悪いことはすべて差別してもいいと思っている人。差別反対のためならケースバイケースで差別してもいいと思っている人。
世の中、簡単単純なモノほど優れている。複雑であればあるほど評価されるものなんて、詐欺に使う金融商品の仕組みぐらいではないだろうか。複雑になるのはどこかの条件がおかしいのだろう。
という観点から考えるに、個人が差別に関してどう思っていようとすべてを許容するのが矛盾無く一番簡単な解決法なのではないだろうか。ってかなにも解決しないか。そもそも何でも許容する世界では差別問題なんて発生しないからね。
ちなみに冒頭の問題の答えは、私です。言うまでも無く普通に生活している私は、自分の部屋で目を覚まし縛られること無くインターネットをしていました。だから冒頭から嘘をついていたのです。ということは私が死刑囚と言う事なのかな。いや、それすらも嘘なのか、ということはそもそもすべては私の嘘で問題なんて何も無かったのね。
Q.E.D
コメント
死刑囚はD
まず条件4を踏まえた上で考える。
Aは死刑囚ではない。
何故かというと、Aの証言は簡単に言うと、
「私以外の誰かが死刑囚」
とのこと、
仮にAが死刑囚なら、自分が死刑囚と分かっていながら、誰かに罪を着せよう
としたことから、
条件4(人をはめようとする考えは無い)に反する。
次にB,C
こいつらもシロ
理由は、条件4の
「死刑囚は嘘をつく」から
この二人のどちらかが死刑囚なら、
(自分が死刑囚だと知っている)
(嘘吐きだから本当のことを言わない)
この2つの点から、
「私は死刑囚が誰だか知っている」
の下りはおかしい。
よってB,Cもシロ
んで、本命のD
条件2と3を踏まえて考える。
Dは証言する前に、A,B,Cの証言を聞いている。
なら、上記の考え方からA,B,Cに死刑囚はいない。と気付くはず、
そして、Dが死刑囚ではない場合、Dは
「自分が死刑囚ではない自覚」+「A,B,Cに死刑囚はいないという推理」から
「死刑囚はE」と気付くはず
にも関わらず、Dは証言で
「死刑囚は誰だか知らない」
と言っている(死刑囚じゃないなら、私は死刑囚を知っている。と言うはず
)
この時点で、Dが嘘を吐いてることは明白となるので、条件4の
「死刑囚は嘘を吐く」
と一致することから
死刑囚はD
ちなみにEは
条件2と死刑囚は一人、と言うことから、
Eの証言をとる前、つまりDの証言を取った時既に、Dが死刑囚と説明出来ると
ころから、最後にしか発言権が無いEはシロ
良く見てませんでした・・・