11月23日の日記

2008年11月23日 日常
昨日、テレビにゆとり教育を提唱していた文部省の高官が出演していたんだけど、自分が凄い天狗になっていたことを気付かされた。
ゆとり教育なんてキチガイが思いつきで始めた愚策だと思っていた。案の定、ゆとり教育を受けた人は当初危惧されていた通り学力が低下した。それで今度はゆとり教育が叩かれだした。この流れは変ではないだろうか。ゆとり教育が推進されたのは、学力よりも大切なモノがあるからだったのではないだろうか。ゆとり教育で学力低下するのは織り込み済みだったはずである。それなのに実際ゆとり教育で学力が低下したら、それを理由にゆとり教育をひっこめるなんてどう考えてもおかしい。選挙で選ばれたアホだったらそんなことがあるかもしれない。しかし、国家公務員一種試験に合格して文部省での出世争いに勝ち残った人がそんなアホなんて事ありえるのだろうか。


最近、日経新聞にJR東日本の幹部経験者の戯言が連載されている。そこに、国鉄からJRへの民営化の話がのっていた。凄く大雑把に言うと、国鉄時代は、不採算事業からの撤退と人員解雇、人件費の削減ができなかった。採用する人を減らして定年退職で人が辞めていくのを待つしかなかった。だから莫大な赤字体質になっていたらしい。民営化してそれがある程度改善したので赤字垂れ流しなんて事はなくなったらしい。一般的な企業なら業績や景気に合わせて、成長したり衰退している。しかし、国営企業は成長しかしない。だから実情にあわない無駄を沢山抱える事になるらしい。

で、文部省は少子化で余ってくる教職員の仕事を作るためにゆとり教育を推奨したのではないだろうか。学力低下で危機感を煽る。少子化で減る学級数を底上げするために学力向上には少人数学級が効果的といったり、もっと直接的にティームティーチングを行い頭数分の仕事を確保する。また事務面では無駄な書類を大量に回して仕事量的にも仕事を作ってあげる。これでめでたく、少子化が進んでいるいま、教職員が余っているという話は聞かない。もし、少子化で教職員が余って世論に押されて人員削減って事になったら、それこそ至上最悪の労使トラブルになるだろう。それを事前に回避する為に、手厚い指導の必要性を訴える前段階としてゆとり教育が行われたのではないだろうか。
他にも今、国で問題になっている事って似たような事例が多いんじゃないだろうか。人が余っても解雇できないから、仕事を増やすために問題になるように仕向けるとかね。

今、相撲の優勝決定戦を見たんだけど、何か相撲のプロレス化が進んでいるような気がした。横綱はみせる相撲より横綱相撲するべきだったんじゃ無いかね。朝青龍は体が比較的小さいのでみせる相撲がはえたが、白鵬って体がでかいのでこざかしいようにしか見えない。

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