10月10日の日記

2009年10月6日 日常
民主党というくくりなのか、政治家というくくりなのかわからないけど、彼らは本当に大丈夫なのかね。無駄な予算を2.5~3兆円削ったからこれで金をばら撒けると喜んでいるけど、新聞によると不況で当初の予定税収より少なく見積もっても5兆円ぐらいは、税収不足が発生するらしい。そこはしょうがないので赤字国債を発行して税収不足は補填して、削った予算は無駄を削減して民主党がつくった金としてばら撒くとか。
そもそもその予算を組んだのは財務省か自民党かしらないけど、100年に一度の不況がくると自分たちでいいながら、1割近くも税収を読み間違うなんてどういうことなのだろうか。間違ったって金を沢山つかえるだけで誰も責任をとらないでいいのでわざと間違った税収を予想して予算を水増ししているのかもしれないけど。と言うか最近官僚が行う需要予測とかそういった予測が外れまくっている。てっきり公共事業を行いがためにわざと上ぶれした予測をしているものだと思っていたのだが、どうも違うようである。少し前に聞いた話だと、ありとあらゆる予測にはすでに当てはめる計算式が用意されているらしい。それは昔の賢人官僚が作ったもので当時は非常に精度よく予測ができたらしい。ただバブルがはじけた頃から社会情勢が一変してぜんぜん計算式が役に立たなくなったとか。自分で予測をして間違うことは自分の評価に悪い影響があるが、前例に倣って用意されている計算式を使って予測を行いそれが間違ったとしても誰も責任をとらなくていい。その上大体が、公共事業推進派に有利なように間違った予測結果になるので間違ったまま今でも運用している。そんな感じじゃないのかね。


10月5日の日記

2009年10月5日 日常
疑問なんだけど、税金は受けた行政サービスの対価として徴収されているのだろうか。それとも今後受ける行政サービスのための先行投資なんだろうか。まあいいか。

そういえば、NHKの朝の連ドラも酷いね。糞演技の子供なんてだすなんて、何をしてるんだと思っていましたが、なんと子供時代が5日間で終わってしまいました。せめて一週間やればよかったのに、なんで土曜まで子供時代にしなかったのかね。あれだったら、出ていた子供も可哀相なもんだ。半年ぐらいやれば演技力も向上しただろうに、始まってすぐに退場じゃ役を理解する前に終了って少しかわいそうな気になりました。そんなんなら、子供時代なんて最初に持ってくる必要なかったんじゃないのかね。
脚本か原作かわかりませんが、話のストーリーを考える人材が不足してるんじゃないだろうか。まあそれはドラマに限った話じゃないですか。アニメなんてもっと悲惨な感じがします。話題になるアニメは、大体が原作ありで原作を見るとアニメを見る気がしなくなる。麻生前首相はアニメに金をつぎ込むとか言っていましたが、もう手遅れというか時代遅れなんじゃないかね。本気でアニメに取り組みたかったんなら80年代とか90年代に金をつぎ込んどけば、今いい人材がアニメに入っていたんだろうけどね。時代はなんだろうか。今から育てるんなら・・・携帯のテレビ電話をつかったテレフォンセックスとかじゃないのかな。

10月1日の日記

2009年10月1日 日常
昔、ゲームメーカが中古ソフトの販売を訴えていた事がありました。何か成果は得られたのかね。中古屋にソフトを売って新しいソフトを買う足しにしている人がどれくらいいるか知りませんが、あまりゲーム製作者に利益が流れない点で見れば、マジコンとあんまり変わらないんじゃないだろうか。
で疑問なんだけど、なんで裁判に訴えようとしたのかね。本気で中古販売をどうにかしたかったら、中古市場が飽和するぐらい自社製品を全国の中古屋に売っていけばよかったんじゃないだだろうか。ゲームの販売って発売から数週間が山で時間がたったらそれほど売れなくなるんじゃ無いかね。そのあとは中古を買う人を新品を買う人が住み分けられてるんじゃないかね。だから、ゲームソフト販売開始から二週間たったぐらいから、ゲームメーカーが自社製品を中古屋に売りまくったとしても、それで得られる利益がそれの影響で減る利益を超えるんじゃないかな。よく知らないけど、PS2のゲームソフトだったら、ゲームの製造原価、100円から200円ぐらいじゃないのかね。製造原価と中古屋に売りに行く人件費を、買い取り価格が上回っている間は、中古屋にソフトを売れば売るほど利益がでるんじゃ無いかね。たぶん本気で買い取り中止になるまで売りまくったら、中古屋は潰れるんじゃないかな。

販売店とか税金が問題なのかね。製造原価以上で中古屋がゲームソフトを買ってくれるなんて、お金を印刷する権利を得たようなものだと思うんだけど。まあ全国で同時に中古屋に売り込まないと効果が薄そうなのでそこがネックなのかな。

9月29日の日記

2009年9月29日 日常
NHKの朝の連ドラ「ウェルかめ」見ようと思っていたのに、放送している時間帯が悪くて月曜日は見れませんでした。教育テレビでもいいので夜も再放送してくれればいいのに。と思っていたらBSでは夜も放送しているみたいだ。まあBSは見れないので後悔せずに済んでよかった。

なので2話目の今日から見始めたんですけど、相変わらずヘタクソな方言をつかって演技していました。まあ私は徳島の方言をよく知らないので、もしかしたらあれがちゃんとした徳島弁なのかもしれませんが、そしたら私は徳島の人の人格を疑います。まあ朝の連ドラは毎回ヘタクソな方言を演技してるのかというぐらい、毎回ヘタクソな方言を披露しているので今回もそういうことでしょう。日本から方言を奪ったNHKなんだから、ここはもうへんなこだわりやめて標準語ですればいいのに。それか、現地民を主役にすればいいのに。
主演ででていた小学生なんて、小学生としてみたらどうなのかは知らないけど、テレビの出演者というくくりで見ると演技イマイチじゃないですかね。私が感じたぎこちなさが演技なのかもしれませんが。子供は演技下手なのになぜつかうのかと思って見ていたら、どうも脱ぎ要員だったみたいでした。もう10月だというのに唐突に水着シーンになりました。まあその割にスクミズでも露出の多い水着でもなく、誰を対象にした水着なのかよくわかりませんでしたが、水着という事自体に意味があって水着の形態はあまり問題にならないのかね。高齢者の視聴者のみなさんは、男女に関わらず水着の露出に関わらず、ただ子供が砂浜で遊んでいるシーンで満足できるのかもしれない。それだったら、私よりかなり高度である。それが年の功なのかね。まあ私みたいな軟弱モノ向けに視聴率がだれてくる中盤にお風呂の回があって湯煙で良く見えないなんて展開があったら、しばらくは語り継がれる連ドラになったりしないかな。
まあ始まったばかりでストーリーはよくわかりませんが、カメというからには、演者が肛門にピンポン玉入れての海がめの産卵シーンはちゃんと用意してくれていると期待してこれから見て行こうと思います。

9月29日の日記

2009年9月28日 日常
日曜の夜というか月曜の未明というか日曜日から月曜日の朝にかけてホント憂鬱になる。男性会社員の自殺はこの時間帯に一番沢山起きているという話も納得できる。
私も日曜や月曜は憂鬱である。先週の日曜日は悲惨だった。寝つきが悪くてなかなか寝れなくて、その内に腹が減ってきてそれが気になって仕方なくなった。しょうがないので、サイズの小さいカップ麺を食べたわけだが、お湯沸かして注いで食べれるようになるまでに時間があったのでネットでちょっと快眠や快適な目覚めの方法を検索したわけですよ。でカップ麺を食べながらその方法を見てもう嫌になりました。何でも寝る時に物を食べて胃に物がある状態は快眠の障害になるらしい。最低でも寝る前三時間ぐらいは物を食べない方がいいらしい。腹へって気になって寝れないからカップ麺食べただけなのにこの敗北感はなんだろうか。まあ寝つきも悪かったし、快眠を手に入れたかったので、しょうがなく3時間起きている事にした。夜中、空いた狩場でレベル上げすれば、はかどるかと思ってネトゲを起動したんだけど、胃に物が入って血液が胃に集中したからか、糖尿病で血糖値が異常に上がったからか、物凄く睡魔が襲ってきた。ホントはマウスを必死に動かさないといけないのに頭がゆらゆら揺れて気がつくとキャラが死んでるわけですよ。これだから日曜は嫌いなんだよ。三時間レベル上げして1割ぐらい経験値が減ってるなんて、俺は何をしていたんだろうか。さて三時間たったしそろそろ寝るかと思ったら、胃の消化も終わったみたいで、眠気も飛んで全然眠たくなくなっている上に、腹まで本格的に減ってきてもう寝るどころじゃなくなっていました。もしここで物を食べてまた三時間起きてたら、起床時間になってしまいます。しかし、腹が減りすぎて物を食べない事には寝れそうにありません。それでは快眠できません。さてどうしようかと考えていて気がつきました。飯なんて食わなくても眠たくなくたってクビを吊ればグッスリ寝れるんじゃないかと。きっと月曜の未明に自殺していく人は快眠を求めたなれ果ての姿なんだろう。
私は快眠を諦て寝酒に切り替えたので自殺をからくも回避できました。


万引きってなんでみんな律儀に店をでてから摘発するのかね。まず法律的にはカバンなどにしまった時点で万引きは成立しているようです。法解釈はどうであれ万引きを摘発しても警察に引き渡さない店主も多いみたいです。それらから考えて、客観的に判断して万引きしようという行為をしている人を見つけた時点で摘発して行った方がいいんじゃないかね。極端な話、そこで揉めたら民事で万引きの認定と万引き対策にかかった費用の損害賠償裁判起こせば、警察に引き渡すより相手に痛手与えれるんじゃないかね。

自民党の総裁選は、中途半端でしたね。見ていて一番わからない事は、自民党の3候補ともが変わると主張していた事です。旧体制の自民党を支持していた人は、自民党が変わったらどこを支持すればいいのでしょうか。どちらかと言えば、今回の自民党大敗も小泉元首相あたりからの路線変更の影響でしょう。今まで散々悪事を重ねてきた自民党が民主党みたいに愚民に歩み寄ったとして、民主党以上の支持を得られるのでしょうか。本当に求められている自民党は、旧体制のままブレないで田舎に金をばら撒くことじゃないのかな。本来は、田舎民と都会人の代理戦争が自民対民主でした。60年近く結束の強い田舎民の勝利の連続でした。その流れが途絶えたのは、田舎に金をばら撒かなくなって、田舎民の固い結束が綻んだからでしょう。日本全体がどうなろうと田舎に金をばら撒くそれしか自民党が生き残る道は無いと思うんですけどね。

9月27日の日記

2009年9月27日 日常
全然まとまらないのでまとめない事にした。私は、左翼的な考えが嫌いだ。きっと精神病と同じくらい嫌いである。ちなみに私は精神病を病気とは認めてはいない。血圧の高い人や低い人がいるように、脳内分泌物が多かったり少なかったりする人がいたって全然普通だろう。最近の強欲医者は高血圧まで病気に含めだしたりしたが、ウイルスや細菌が絡まない病は体調不良であって病気ではない。
社会福祉とかセイフティーネットも、貧困層は凶悪事件を起こすから、それの予防の為に金を配ったりしてガス抜きしているもんだと思ってきた。まあ現実は、物質的に満たされていても犯罪を犯す人は減っていないようである。まあ凶悪犯罪率は低くなってるのかな。生まれながらの犯罪者が強盗しなくても万引きで満足できるのならそれはそれで効果あるのかな。

最低賃金の引き上げを主張している民主党や社民党がまったく理解できなかった。これだから左翼政党は糞だなと思っていたのだけど、私は大きな勘違いをしていたようである。労働者保護のために単純派遣を禁止したり最低賃金の引き上げしたりするのが、左翼的な考えだと思っていた。しかし、どうもそれは違っていたようである。上記のような考えは、馬鹿が考える事であって右翼左翼関係ないようである。
私の思っている左翼的な考えとは、経営者に搾取されている労働者の地位を上げる事である。単純派遣が無くなったり最低賃金が引き上げられたとして、今に比べて労働者の地位は上がるのだろうか。単純派遣がなくなって、派遣で働いていた人がパートやアルバイト雇用になったとして発言力は増えるのだろうか?最低賃金が引き上げられたとして、給料は少し増えるかもしれないが、それで労働者の地位があがって発言力が増えたりするのだろうか?たぶんどちらもしないと思う。民主党や社民党が主張している事って対処療法でしかないのである。原因を改善しようともせずに、ただ目に見える不満を潰す為に末梢を切り捨てていく。悪くなった内臓をナイフで切り取って捨てていく医者と何も変わらない。
私は、労働者の地位向上のためには、法治を捨てるしかないと思っていた。法治国家で主張を言い合う場合どう考えても金を持っているほうが有利である。相手が強大であればあるほど、裁判に訴えて勝った場合の、勝つまでに要する労力が勝って得られる報酬に見合わなくなってくる。例えば企業側は残業代未払いの訴えを起こされて負けたとしても、本来払わなければいけなかった残業代を支払わないといけなくなるだけで、別に損はしていない。訴えられなければ丸儲けだし、訴えられてもゴネて減額されればそれだけで儲けもんである。一方労働者側は、訴えてもだるい割に得られるのは本来の収入である。裁判なんて面倒くさい事やってられるかばーかばーか見たいな感じじゃないかな。

まあ私の考えはそんな感じの事だったんだけど、天才的な左翼的思想の人がこんな事を言っていた。低賃金低待遇で労働者を雇っている経営者が悪いのではなく、雇われている労働者が悪いのだと。ブラック企業で暴力で強制労働させられている労働者は別だが、多くの労働者は自分の意思で、低賃金低待遇職場で働いている。そういう人たちの言い分は「まともな待遇の仕事先がない。でも仕事をしていかないと生きてはいけない。だからしょうがなく低賃金低待遇を我慢している」こんな感じではないだろうか。実はこれが労働力の不当廉売にあたるらしい。
最近不況で仕事が無い土木業者が公共工事の仕事をどうしてもとりたくて採算割れで入札する事があるらしい。土木業者の主張としてはどうせ仕事が無くても固定費はかかる。トータルの採算が割れていても、原材料費の原価さえ上回っていれば仕事をしない状態よりも赤字が減るので採算割れしていても仕事がしたい、安くするから仕事をくれという気持ちで入札するらしいけど、結果は不当廉売で仕事にありつく事はできない。
まあそういうことである。労働者の地位を上げるために必要な施策は、自分が満足できない条件で働く事を禁止である。働かなくて金が無くて死んでしまうとしても妥協して雇われる事は禁止である。自営業をするか飢え死にするかである。最後の飢え死には左翼的な考えにはあわないか。結局、供給過多で労働力の需給調整が必要な時に、労働力の安売りを禁止すれば労働者の地位は向上する。
みんなに生活保護費を支給するのが一番いいのかな。それで生活は保護されるのでそれ以上の贅沢を味わいたい人がそれに見合った仕事をする。まあそれだと生活保護支給に金がかかりすぎるので、とりあえず食にこまった人向けに、市役所横にでも農家から買い取った備蓄米をつかって白飯だけ無料でだす食堂つくってくれないかな。白米だけ食ってれば餓死する事はないだろう。


9月25日の日記

2009年9月25日 日常
ふと思ったんだけど、けん引のトラックって上手く高速で荷台を交換すれば高速料金をかなり減らせるんじゃないのかな。具体的な例を上げると、関東から愛知に荷物を運ぶ場合、中央道に乗って愛知に向かい、東名に乗り換えます。愛知の目的地そばのPAかSAに停車します。愛知から関東に運ぶ荷物を積んだトレーラーにもそのPSかSAに着てもらいます。それでPAかSAで荷台を交換して、関東から来たトレーラーは関東へ持っていく荷物をけん引して帰ります。愛知から乗ったトレーラーは愛知向けの荷物をけん引して次のインターチェンジで降りれば、両方とも1区間の高速料金で荷物を運ぶ事ができます。
まあ、PAやSAで荷台を交換していいのかが問題になりますか。面倒じゃなかったら、普通のトラックで、PAやSAで人力でトラックの荷物積み替えすれば上記みたいな高速料金の削減できるんじゃないでしょうか。たぶん人力で荷物を交換するだったら完全に合法じゃないかね。もしかしたら、観光バスでも中の乗客を入れ替えれば高速代うかせれるんんじゃないのかな。

昔はジャンクションに検札所があったので、周回コースを遠回りして1区間走ると走った距離に応じて金をとられていましたが、今はなぜか検札所が全て撤去されてしまったので、周回コースを遠回りしても1区間の料金を払えばよくなってしまっています。あー私が運送業者だったら確実にやっていたんだろうけど、運転嫌いで車すら持ってないないので、何の役にもたたないね。
もしかしたら、乗用車でも、ETC使わずに券をもらって高速に乗り降りるところで車を積めるトラックに迎えに来てもらってそのトラックに車を積んで高速を降りてもらえば、高速代かからないんじゃないかね。まあ、車積めるトラック用意するのに金がかかり過ぎますかね。
バイクだったら、積荷に余裕のある箱つきのトラックに積んでもらって運転手に金払えばいいのかな。これならできそうな気がしますね。トラックに積むのが困難なのかな。

まあ何を考えても、休日は1000円だし今に無料になるらしいので無駄なのかな。

9月23日の日記

2009年9月23日 日常
なんで、誰もCO2の排出を1990年度に比べて25%削減すると言っている民主党の案を非難しないんだろうか。どう考えても頭に蛆虫がわいた人が考える意見だと思うんだけど。CO2削減論者の意見は今起きている地球温暖化の原因は過去に排出されたCO2だという意見なんだと思う。それなのに、1990年にCO2をよりたくさん排出していた国が有利になるような基準決めはどう考えてもおかしくはないだろうか。どう考えても1990年にCO2をたくさん排出してきた国こそより重い負担を求める必要があるんじゃないだろうか。まあ先進国は嫌がるから妥協案なのかもしれない。それだとしても、過去にCO2排出した国に既得権益を与えるのはおかしいだろう。国土1平方キロあたり何グラムなのか、国民1人当たり何グラムなのか、森林面積あたり何グラムなのか、どんな基準がいいのかわからないが、多くの人が納得できる基準を適用するべきじゃないのかな。

そういえば、某紙に、鳩山首相は韓国の前大統領ノムヒョン氏に酷似していて、失脚後自殺するという話が載っていた。さてこの予想は当たるのだろうか

9月19日の日記

2009年9月19日 日常
ニュースを見ていたら、もしかしたらこれはワイドショウなのではないかと思った。テレビは怖いもんだ。新聞だったら、スポーツ新聞と一般紙でちゃんと住み分けができているというのに、テレビは同じチャンネルで何でもやっていて、何がなんだかわからなくなる。

酒井法子容疑者が保釈されたあと、乗った車がヘリなどで追跡されて生中継されていた。もし、酒井容疑者が悪意を持っていたらテレビ局はどうするつもりだったんだろう。その車に一般人も乗せておいて、公表されるとその人の社会的地位が失墜するような場所にいった場合、それを生中継していたら、人権侵害で訴えれるんじゃないのかね。そんな手間のかかることをしなくてもいいかもしれないが、悪意さえあれば余裕で生中継を潰せる気がするのですが、そんなことが起きないのは全てがやらせなのかな。

そういえば、下着盗撮の防衛策として、ミッキーマウスのパッチってつかえないかな。盗撮して個人で楽しむ人をどうにかするのは難しいと思うが、公に公開されない為にミッキーマウスは使え無いかね。著作権侵害にはうるさいディズニー社が下着にミッキーマウスをつけておけば盗撮から守ってくれるなんてことはないかな。
野球経験者ではないが、この前バッティングセンターに行った時に、画期的なバッティング理論を思いついた。あまりプロ野球を見てはいないがたぶんプロでもこの理論をやっている人はいなさそうである。かなりの器用さを求められるが、このバッティング理論を極めれば打率5割を狙えるかもしれない。
このバッティング理論の売りは、内角の球を流したり、外角の球を引っ張ったり、それこそどんな球でもバットに当たりさえすれば好きな方向に飛ばせる。たぶん練習を重ねればどんな球でも好きな方向に飛ばせるようになるはずである。

従来のバッティングはバットでボールを叩いていた。ので球とバットの当たる角度や当たる位置で球の飛ぶ方向が決まっていた。私があみ出した理論は、バットでボールを叩くのではなく、バットとボールの接触時間を延ばして、バットからボールが離れて行くタイミング調整で打つ方向を調整するものである。方法はテニスのドロップショットやバレーのトスみたいなもんである。バットに球が当たる瞬間に球の力を殺すのである。それだけだとバントみたいにぼてぼてのゴロになってしまう。そこで、球の勢いを殺したら球をバットに乗せて投げるつもりで振りぬくのである。上手くいくと球がバットに当たった位置から球がバット上を少し転がってから球が飛んでいく。それができるようになったら、もうあとはサイドスローのリリースポイントと同じ要領である。
まあボールをバット上に転がすのを意識すると、球は今までにあり得ない方向に飛ぶようになる。初見で守備できる人はいないんじゃないかと思う。私は運動があまり得意じゃなく、普通にバティングセンターで空振りする男なので、理論を思いついても完璧に実践するのは不可能だったが、器用だといわれているバッターならできるんじゃないかな。バットで叩くのではなく、バットに球を乗せて投げるようなバッティング、ホームランは難しいかもしれないが、安打ならいくらでも打てるようになるはずである。誰かプロでためしてみてはくれないかな。

9月17日の日記

2009年9月17日 日常
介錯という制度が昔あった日本は、安楽死に一番抵抗がない国だと思うんだけど、なんで安楽死が認められていないのかね。
ついでに切腹も復活させて、公開で切腹介錯がされるようになれば少しは、日本らしさが戻ってくるんじゃないかな。あーもう駄目だ

9月16日の日記

2009年9月16日 日常
民主党の政策に対して地方の切り捨てだと言っている奴は何なんだろうか。民主党は地方を切り捨てて自民が選挙の集票の為にやっていた無駄使いを辞めると言って選挙を戦っていた。選挙制度に問題があったとはいえ、50%以上の票を集めて民主党が勝ったのだから地方切り捨てが行われるのはしょうがないんじゃないでしょうか。人口下位で確かな田舎である、鳥取島根高知福井なんかは、小選挙区で自民党候補が全て当選していた。それ以外の田舎者は何を考えているのだろうか。せっかく人口でみると田舎に重点的に議席がおかれているというのに、田舎者が自民党に投票しない理由がわからない。それでいて、公共工事が削られて文句を言い出す田舎がよくわからんよ。

9月9日の日記

2009年9月9日 日常
ネットゲームをしていると、咀嚼(口の中で食べ物をよくかみ砕き、味わうこと)が非常に面倒だ。それで、口を動かさなくても食べれるような、チョコレートバーみたいな物ばかり食べていたら物凄く太ってしまった。これではいけないと思ったものの、面倒で何もかわっていない。面倒だ面倒だ。

話は変わるが、今日のNHKは自殺の特集をしていた。私は並ぶのが死ぬほど嫌いなので、総合病院で精神科の待っている客があふれているのをみて、毎週毎週あんな所に並んで薬を貰うぐらいなら死んだ方がいいなと思っていたら、やっぱりそう思っている人もいたらしくて、精神病院の受診待ちが苦痛でそれが自殺の一因になった人がいたらしい。
あとある程度の頻度で自殺未遂を繰り返す人がいるらしい。テレビでは、自殺未遂の急患を受け入れた病院の様子を放送していたんだけど、一ヶ月くらい前にも自殺未遂で運ばれてきた人らしかった。精神病院で貰った薬を大量に飲んで自殺をはかるらしい。前回の自殺未遂の時に、かかっている精神病院にあまり一度に大量の薬を出さずに、またちゃんと薬を飲んでいるか確認して自殺に気をつけてくれという忠告を行ったが効果がなかったと言っていた。そこから、薬を乱発する精神病院の批判に入るのかと思ったらそうではなかった。今度は、一般的な総合病院で精神科の先生の一日を紹介していた。言うまでもなくものすごい多忙だった。本来なら精神科って患者の話をゆっくり聞くのが仕事らしいが、大量の受診待ちしている人がいたり入院患者の面倒みたりするのが大変で、ほとんど話を聞く時間を取れないらしい。何でも、小児科医が不足しているというニュースはよく言われるが、それ以上に精神科の医者は不足しているらしい。
賽の河原の石積みというのかね。自殺したい奴はとっとと死んでしんでいって貰わないから精神科の患者があふれていっている。自殺が社会にとって損害というのは、旧時代の考え方じゃないのかね。時代は変わったはずである。経済的に見ればいつ自殺されても社会的にマイナスにならないような体制をつくっていくべきじゃないのかな。人口が増えづつけていくモデルで設計された今の日本の制度は、移民を受け入れない限りもう破綻しかない。人口が増え続けなくても減少しても国がやっていけるモデルを設計すると、誰が自殺しても社会的にそれほど損をうけないようになると思うんだけどな。

まあ、口を動かして食事するのが面倒なんですけど、新しい形態の風俗店で、口移しカフェってできませんかね。指名した店員に注文した料理を噛み砕いてもらいそのあとに口移して食べさせてもらう。そういう店ができれば、もうめんどくさい食事が飲み込むだけでよくなります。私は思ったことないですけど、消化が面倒だという人は、ゲロを口移しで貰ってもいいかもしれません。また消化だけじゃねえ、吸収も面倒だという人は、肛門から直でウンコを食べさせてもらえれば、どんな顧客にも対応できます。こんな商売どうかね。
カレーやハンバーグばかり食べている咀嚼が面倒だって現代人多いと思うんですけどね。


9月8日の日記

2009年9月8日 日常
もう全然時期を逸してしまいましたが、衆議院選挙の頃の新聞を見ていたら、一票の格差を是正しようとか主張している集団の一面広告がありました。一票の格差は確かに問題かもしれませんが、それを言ったら小選挙区で落選した候補に入った票が死票になってしまう方がよっぽど問題じゃないですかね。前回の自民党が大勝した選挙だと、自民と民主に入った票の差は1割も離れていなかったとか。今回にしても民主6:自民4ぐらいの割合だったみたいです。過去には、総投票数では民主の方が多かったのに、議席は自民の方が多かったという事もあったみたいです。いくらそういう制度だからといっても、一票の格差より問題じゃ無いかね。と思っていたら、政府の見解としては比例の復活当選に惜敗率で小選挙区の票を利用するので小選挙区で落選した重複候補に入った票はは死票としては扱わないらしい。そのために重複立候補は比例の供託金がかからないようにしてるのかね。そのせいで、みんなの党はついでに重複立候補した候補が得票率が10%未満で議席取れなかったらしい。というか、小選挙区での人気と比例での人気は別物じゃないのかね。いくら重複立候補していて、小選挙区で一票も投票されなかったとしても、国会議員は国の事を決めるために選ばれるんだから、より選挙区の広い比例で当選する権利を得られたのならそっちを尊重すべきなんじゃないのかね。国民に選挙制度をまともに見せようとしたせいで、だんだん本質から離れてわけのわからない制度になっていないかね。
そういえば、裁判もそんな気がある。第二次世界大戦後の軍事裁判も裁判と称してはいるが、なかなか酷かったみたいだ。今になって思えば裁判という体をとらないで、勝ち組によるリンチという位置づけでやった方がよかったんと違うかね。

下等だった昔なら選挙して人力で票を数えて議員を決めるしか方法無かったかもしれませんが、今だったらもうちょっとマシな方法で民主主義を実現できるんじゃないのかな。猫も杓子もというか、アメリカから北朝鮮までどこでも選挙している今ってそうとう狂った世界なんじゃ無いかね。多くの人は選挙制度は素晴らしいと勘違いしているようですが、ただ権力者の力を維持しやすいだけの制度なんじゃ無いかね。選挙で負けるのは、権力者の権力の低下を示してるだけで民意の反映とはまた違ったって事はないのかな。あー定期的に入れ替わるアメリカはまたべつなのかな。


9月7日の日記

2009年9月7日 日常
国会の首相指名選挙で、自民党が誰に入れるか揉めていますが、自民党で一本化できないのなら、公明の代表を投票するって事で一本化すればいいんじゃないでしょうかね。どうせ誰に投票したって首相を選べるわけじゃないのだから、少しでも公明党にゴマすったっていいんじゃないかね。


9月5日の日記

2009年9月5日 日常
高校生クイズがやっていたので少し見た。決勝に近づくにつれ問題が雑学から一般的な問題になっていったのは何なのかね。予算減少の為に早くベスト8を選考したかったのかね。予算減少といえばもう少し問題作成に金をかけたほうがよかったんじゃ無いかね。本などに収録されてそうな問題ばかりだった。あと早押しクイズって正統派のクイズ番組にはあわないんじゃないかね。タレントが出るようなクイズ番組なら違和感ないですけど、クイズマニア同士で対戦になるととりあえず相手より早く押してそれから考えるって感じになって早押しがギャンブルになってませんかね。早叫びクイズにした方がおもしろいんじゃないかね。

途中で見るのをやめたのでなんとも言えませんが、片八百長というかやらせがあったんじゃないでしょうかね。分岐問題でミスが少なかったように思いますが、そもそも最初から問題に複数の分岐先が用意してあって、解答にあわせて問題を変えていた気がしました。もしくは、問題が漏れていたとか問題を流用した元が有名で解答者も流用してきた元を知っていたとか、まあ見ていて凄さより胡散臭さを感じました。
大衆の嗜好が割れてテレビの番組がニッチな層に向けたものになっていくと言っている人がいましたが、高校生クイズもその波に乗って大衆向けの感動モノからクイズマニア向けになったのかね。二年続けてそんな番組をしたということは、移行は比較的上手くいったのかね。
クイズマニア向けの番組にするのはいいですけど、問題の質が低いんじゃ台無しだと思うんですけどね。もうどうせなら、来年はQMA使って高校生クイズすればいいんじゃ無いかね。コナミも協賛してくれるんじゃないかな。桑島さんの声も聞けるし、こんないい事は無いんじゃないかな。

9月2日の日記

2009年9月2日 日常
この国はおかしすぎる。選挙で個人的に応援していた候補が当選して欲しくて、もし応援する候補が当選したら金をあげるから投票してくれ、周りの人に投票を呼びかけてくれと頼んでまわっていたら、国家権力に怒られてしまった。
そんな馬鹿な話あるだろうか。民主党にしろ自民党にしろ自分達が当選したら、税金をあげるから自分に投票しろと言っているではないか。それが認められるのに、私が自腹を切って金をあげるから投票してくれと頼むは認められないなんておかしくはないだろうか。どう考えても身銭をきって頼みごとをする私の方がより認められるべきじゃないだろうか。こんな法律とっととやめるべきだ。廃案にするべきだ。選挙もやめちまえ。やりたい人みんなで集まって無給でやればいい。
そういえば、比例代表選挙では、前回に続き登録候補不足で他党に議席が移ったらしい。供託金のシステム変えればいいのに。一党あたり1000万円で何がいけないのかね。というか、比例は党に議席を与えて人は無しにすればいいんじゃないだろうか。その代わりに政策秘書みたいな地位の人を議席分党が雇う形にした方が、人材も整うのではないだろうか。小選挙区の復活当選や数合わせの名簿下位の人が受かるよりはよっぽどいいだろう。例え、小選挙区で落ちた人を雇うことになったとしても議員ではなく格下だから、今の制度よりよくないかね。問題は、比例でしか当選者を出せなかった党ですが、比例の議席を獲得した党の党首を議員格として扱えばいいのかな。

おかしいといえば、最高裁判所もおかしい。最高裁判官の信任投票の話で御殿場事件をあげている人がいた。冤罪というか、裁判中に検察側が起訴事実の犯行日を変更するのが認められるなんて卑怯だろう。時間がたってアリバイを証明できなくなってから犯行日を変更したらほぼ誰でもはめれるんじゃ無いかね。有罪無罪に関わらず、間違った犯行日で起訴した時点で、その落ち度を理由に無罪にしとくべきだったんじゃないかな。それができない法律だったのかね。
で私がおかしいと思ったのは、最高裁判所が発注した裁判員制度広報用映画に覚醒剤所持で捕まった酒井法子さんが出演していたためにDVDやビデオを回収することにしたらしい。できれば損害賠償も請求したいらしい。そんな馬鹿な話あるだろうか。CMに出演していたので企業イメージ悪化を恐れて放送を中止するのはわかる。しかし、裁判員制度広報用映画にヤク中が出演していたからと言って誰が不利益をこうむるのだろうか。酒井法子さんが自分役で出ていたのなら回収も仕方ないかもしれないが、裁判員に選ばれた主婦役ならヤク中が発覚したからと言って回収するような事なのだろうか。実際の裁判員裁判で判決後に選ばれた裁判員がヤク中だったと発覚した場合に、判決を破棄してもう一回裁判を行うというのならわかるが、そうじゃないのなら、ヤク中だとわかる前にやった仕事は別に放送したってかまわないんじゃ無いかね。音楽CDも発売中止になったらしいが、本人名義のCDなんて売ったてかまわないだろう。

日本中心の小さい奴が多すぎる。どうだっていいじゃないか。
ろくでもないファンが本を買うから森氏がドロップアウトしかかっている。彼ほど読者に媚びた作家を私は知らない。本が売れてドロップアウトできる金が貯まったら客に媚びた作品づくりから足を洗うのはわかっていたはずなのに、彼の本を購入していたファンが居たことが驚きである。いの一番に作品を読んで文句を言いたいアンチファンが喜んで本を買っていたのならまだあきらめもつくが、続編を期待するファンが本を買うなんて問題外ではないだろうか。
執筆するのが好きな作家だったらいくら本が売れても続編を書き続けるだろう。しかし、金目的の作家は違う。ある程度は売れないと執筆意欲がなくなるが売れ過ぎてもまた執筆意欲がなくなってしまう。また、文芸作品は名が売れてくると新作だけでなく過去に出した作品までもが売れ出して取り返しのつかないことになる。加速度的に印税が増えていって引退や本をなかなか書かなくなってしまう。生かす殺さず、執筆の労力に対して満足できるほどの印税はあるけれど大金は手にはいらない。そして有名にはならずに読者の数は変わらない。そんな状態が長続きするのがファンにとって理想なはずである。
そういえば、風俗で働く女性でも似た話を聞いたことがあったきがする。若い女性が夢のために手っ取り早く金を手に入れるには風俗が一番である。そういった風俗嬢は目的の金が貯まれば辞めてしまう。だからいれこめばいれ込むほど別れが早まってしまう。
あーあ富樫君も最近漫画見かけないし、私は何をして暇を潰せばいいのかね。

8月26日の日記

2009年8月25日 日常
選挙にちなんで政治で思ったことでも、なんで政治家はくだらないスキャンダルや政治資金問題の議論ばかりなのかと思ったら、麻生総統の発言を聞いてやっとわかりましたよ。民主にしろ自民にしろ、主義主張や将来の展望に大きな違いがないので議論を始めたら議論がまとまってしまうんじゃないだろうかね。議論がまとまってしまうと政権与党の手柄になってしまうので協力する事を惜しんで変な方向に議論が向かうんじゃ無いかね。もし、極右政党と極左政党の二大政党制だったら、お互いの意見が似通った部分はもうちょっと仲良くできるんじゃないのかね。
それはそうと、選挙のマニュヘストでどこの政党も実質所得ではなく、額面所得の向上を掲げていますが、あれはインフレを起こして給料の額面だけ増やすという事なのかね。たまった国債減らすにもインフレが一番手っ取り早いですし、インフレ課税は万人に平等である。納税している人も脱税している人からさえも徴収できるしね。

それにしても、酒井法子を悪人に仕立てあげたい人がいっぱい居るみたいですね。麻薬の売人だったら犯罪者と呼んでいい気もしますが、麻薬使用や使用目的の所持に対する犯罪って何に対する罪なんでしょうかね。麻薬の害なんてほとんどが途中で無理やり麻薬をやめるからおこるものばかりです。死ぬまで麻薬をやってれば依存性とか問題じゃないでしょう。何が悪いかよくわからないから再犯率も高いようです。ある意味警察の点数稼ぎようの犯罪なのかね。他人が麻薬にはまって凋落しても知ったこっちゃないですし、それが自分だったら自業自得です。まあラリって暴れられると困るので、薬物を使用しての犯罪はどんな微罪だろうと致死量の麻薬注射で死刑なんて制度にしておいてくれたら、みんなハッピーになれませんかね。思ったけど、ラリって犯罪したら神経衰弱で減刑になるのかね。犯罪責任能力って糞なんじゃないだろうか。

また政治の話に戻りますが基本的に金持ちは長寿で貧民は短命というのが自然の摂理なんじゃないかね。それを破っているから今の世界はおかしくなってきているのではないだろうか。とりあえず長寿は物凄い贅沢である。贅沢は金持ちがすることである。だから、貧乏人が長生きしても文句ばかり言うはめになる。人は、永く生きたいがために働いてお金を稼ごうとする。しかし、金を稼がなくても長生きできるようになって働かない人が増えた。
世界の貧しい国なんてそれがもっと顕著です。貧しいのに医療だけ提供して寿命を延ばすためにヘンテコな状態になっている。金が無いから短命なのに医療だけ提供して寿命だけ延ばしても悲惨な状況が長くなるだけじゃないかね。生活に余裕があって寿命が延びるのであって、寿命が延びたから生活に余裕ができるわけじゃない。
そういえば地球温暖化一番の問題は、温暖化することによって平均寿命がのびる事にあるのではないだろうか。日本で見ると寒い雪国の青森とか短命だし、南国の沖縄は長寿である。同じ医療水準だったら確実に暖かい気候の方が長生きするんじゃないだろうか。もしかしたらスウェーデンが高福祉だといわれているのは、雪国で寒くて老人が比較的早く死んでいるからではないだろうか。もし温暖化で長寿化したらどうなるのだろうか。もし平均気温が上がると寿命が延びるなんて話になったらどうしようかね。

8月25日の日記

2009年8月25日 日常
昔の私は間違っていなかった。小学校高学年の夏休みの宿題で計算問題があった。面倒くさかったので、電卓で計算して答えを書いていったら、途中計算なしに答えを書いてあるのを見て先生がどうやってやったか聞いてきたので、電卓でやったと
こたえてえらく怒られたことがあった。電卓があったから電卓を使ったという私の意見はまったく聞き入られなかった。それ以降は途中計算も電卓でやって手で計算した様に見せかけるようにしたので手間が増えた。
しかしやはり私の考えは間違っていなかったと今なら言える。出題者の意図は、暗算でできない問題は筆算を使ってやろうという事だと思う。確かに電卓に頼っていた私は筆算するのは遅かった。しかしそれが何だというんだろうか。大人になって、暗算でわからない計算は電卓を使う。どうしても筆算を使わなければいけない場面に出会ったことはない。確かにもっと桁の多い計算を暗算で解けたらいいなと思うことはある。しかし、筆算になれておけば良かったなんておもった事は一度もない。
分類的に言えば、筆算も電卓も計算するための道具という分類で同じ物なんだと思う。道具なんて使い方を覚えてしまった後はどれを使ったって使うやつの自由なはずである。それを出題者もしくは学習指導要領が低脳なために、電卓を使用可にして解かせるような問題を作れない為に電卓の使用を許可しないなんて下の下じゃないかね。どうしても電卓が嫌で筆算させるというくらいなら、もっと暗算の訓練した方が将来役に立つと思う。

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